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    467ecc44bd971140859addfde332c340_m(写真はイメージです)

    さあ、靴を履いた息子は9歳のピチピチ元気な小学生。私は、普段全く運動も通勤もしない40ウン歳の中年女性。

    こんな二人の登山は、小学生の男の子が元気いっぱいで、先にどんどん走っていく。。。。というイメージではないですか?

    実際、私もそう思っていました。 まさか、裸足のおかげで、とんでもないことになろうとは。。。。

    頂上まで、1時間ちょっとかかったと思います。 その間、息子は、何度もハァハァと息が切れ、「ちょっと休憩。。。」とへたり込みました。

    では、私は?

    驚くことに、歩けば歩くほど、ますます元気になるのです。 下山まで、一度も息が切れませんでした。 心臓もバクバクしないし、ハアハア苦しくなることもない。 ありえないです。 

    私は、いつでも呼吸は落ち着いていて、走って登ろうと思えば、軽々と登れそうなくらい。これから、数時間でも山を登り続けられるほどの余裕がありました。

    実際、登ってくる他の方々は、降りてくる方々も、ハアハア息を切らし、汗をダラダラ流していました。 裸足で登る私は、涼しい顔をして、息も乱れず、余裕しゃくしゃく。 どんなに私が山女に見えたことでしょうw でも、前述の通り、私は、運動不足で、すぐに息が切れて疲れる中年オンナなんですよw

    ふと気がつきました。 裸足で降りてくる人に二人すれ違いました。 登ってくる人も二人くらい。 裸足で登るくらいだから、山に慣れた熟練者だから、余裕しゃくしゃくなんだろう と私も思い込んでいましたが、もしかしたら、そうではないかもしれない。なぜなら、全く初めてで、登山慣れしていない女性も、大胆に裸足で登る山が三輪山なのです。

    その時気づきました。昔の人々が、今では考えられないくらいの体力と元気さで、山を駆け上ったり、走り回ることが出来たのは。。。。 こんな風に、自然のエネルギーを常に摂り込んでいたからに違いないのです。いくら歩いても疲れないこの力。なるほど。。。。 私たちって、足を守る靴をしっかりと履いていますが、それ、本当に守っているんだろうか、、、

    ちなみに、私は山に何度も登ったことがありますので、三輪山の登山道がありえないほどのツルツルぶりなのに驚きましたが、ネットで体験日記を色々読んでみましたが、そういうことを書いている記事が一つもありませんでした。ということは、ホントに登山慣れしていない(他の山の登山道がどんなのかご存じない方が多い)ということです。

    裸足で登る方々は、みなさん、息も切れてないし、汗もかいていない、休憩も必要とせず、軽やかに歩いていっていました。私もそうでしたから。休憩なんて、全く必要がないのです。

    これは、裸足のおかげですよ、絶対。

    ただ、息子の様子を見ていて気が付いたのは(ちなみに、軽々余裕で登る私が「裸足で登るとこんなにもラクだなんて! 歩けば歩くほど元気になる。あなたがそんなにしんどいのは、靴履いてるせいよ。裸足で登ってごらんよ」と何度誘っても、頑として靴を脱ぎませんでした)、その人本人が、裸足で登ることをよしとしないこと、裸足で登ってすれ違う人に何か言われるんじゃないかと心配している、裸足で登るなんてありえない、絶対足が痛いに決まってる etc. など、思っていると、おそらく、靴で登るより疲れるし、足が痛くなるであろうこと。

    裸足で登る方々は、みんな、落ち着いた、とても穏やかな笑みを浮かべておられました。あたかも、観音様のような安らぎのある表情でした。

    これは決して大げさに描いているのではありません。 私も、同じく、とても落ち着いた安らかな気持ちでしたから。

    そのうち、しんどくて逃げだしたいと思い始めた息子は、文句と不平不満を言いだし、一人で怒り始め、私に八つ当たりしはじめました。 まぁ、反抗期に入ったお年頃もあって、前からそんな時期でしたから、いつものことです。

    しかし、それがあまりに続いてひどくなった瞬間、私の中に、ある言葉が浮かびました。

      “これは、この子の本来の姿ではない。鬼の仕業だ” ってね。

    ビックリしますね(笑)。 普段、こんなこと思ったことがありません。普段は、こんなイチャモン息子にイライラして怒っているだけなんですから。

    そんなインスピレーションが来た直後、息子の姿が見えなくなりました。いえ、物理的には見えているし、認識してます。ただ、“本来のこの子は、今ここにいない。ここにいるのは鬼だ” という揺るぎのない意識が入ってきて、本来の息子以外のものが見えなくなりました。とはいえ、思考はちゃんと息子を認識し、彼の安全を守るように動いていましたから、ご心配なく。

    そんな状態だから、息子が“鬼”を追い出して、本来の自分に戻らない限り、私には“見えない”のです。

    面白いことに、そんな意識に私がなった途端、息子が黙りました。さっきまで、不平不満、八つ当たりで、ギャンギャン私に絡んできていたのに。

    その瞬間、気が付きました。どの人も、本人は気づいていないけれど、ちょっとした気のゆるみや怠け心で、“魔”が入って、憑りつかれることを許しているからそうなるんだ!と。本来の自分ではなくなって、“鬼”になってしまっていることに気が付いていない。人間の本性は光ですから、不調和な状態は、本来のその人ではないのです。

    その人本人がそれに気づいて意識すれば、追い出せるんです。 でも、それをしようとしないから、いつまでも不調和なままでいて、周囲をも攻撃して、傷つける。

    面白いことに、この後私はずっと、まるで仁王様が門のところで、魔を入れないように追い払うかのような私になっていました(笑)。いつもなら、なかなか収まらない息子も、そのせいか、一言私が仁王様のように喝を入れると黙るのです。

    これは、三輪山のパワーかなぁ。

    とにかく、グランディングと活力の入ってきかたがすごかったです。あまりに気持ちよくて、クセになりました♪ デトックスと、パワー充填、また、自分を取り戻すための調整のために、定期的に裸足で三輪山に登りにこよう。

    ものすごく、どっしりと安定するので、とてもいいですよ(^^)

    結局、私は、道のりのほとんどをはだしで歩きましたが、全く疲れないし、足に何か刺さることもなく、足の裏は、少し汚れましたがツヤツヤでした。 

    ありえないですよ、、、 こんな登山道。 

    よくよく見れば、石が転がっていないように、整えられているのを感じます。たぶん、登山道は丁寧に掃き清められている。もしくは、数百年の間、こうして裸足で登ってくる一般人がケガをしないように、登る人みんなが心を配って、山道を整えてきた思いが作りだしている道。多くの人々が、きっと、密かに、ここを裸足で登る人たちがケガをしないように、この道にとても心を配って下さっている。。。。 そう思うと、涙が出てくるほどの、素晴らしい山道でした。

    ということで、三輪山の山道が裸足で登れたからと言って、他の山では、やはり裸足で登るなんてアホなことはする気はない!というのは変わりません(笑)。裸足で歩きたくなったら、三輪山に来ます。 だって、誰に遠慮することなく、人目も気にする必要もなく、気持ちよく思いっきり歩けますからね♪

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    コメント(0)|2015年9月24日11:53 PM

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